サンプルマップの解説|内田也哉子編
同じ家族でも、力の届き方はまったく違う
内田也哉子さんを中心に、母・樹木希林さん、父・内田裕也さん、夫・本木雅弘さん、そして子どもたちとの関係を見てみます。
この家族の特徴は、「近くにいること」と「力が届くこと」が一致していないことです。
母からは受け取る。
父とは根の部分で重なる。
夫とは対等でありながら、噛み合わない。
子どもたちには、直接導くより、人や環境を介して関わる。
同じ家族の中でも、関係の形は一人ひとり異なっています。
母・樹木希林|人生の節目に言葉が届く「順流」
DRAMAPでは、樹木希林さんから也哉子さんへ力が流れる「順流」です。
希林さんが考えや判断を示し、也哉子さんがそれを受け取る。母の言葉が、その場だけで終わらず、後の判断につながっていく関係です。
実際、也哉子さんは母について、いわゆる優しい母親ではなかったと率直に語っています。それでも、人生の重要な問いに対して希林さんは一人の人間として答え、その言葉は也哉子さんの中に長く残っています。
無言館の共同館主を引き受ける際にも、最晩年の母から言われた「残りの人生、誰かの役に立つことを見つけられるといい」という言葉が、決断を後押ししたと語っています。
子育てでも同じです。
也哉子さんが長男UTAさんに手をかけすぎている姿を見た希林さんは、そろそろ親の手を離した方がいいと助言しました。それを受けて、UTAさんは12歳からスイスへ留学することになります。
母の言葉を受け取り、それを自分の判断へ変える。
DRAMAPに表れた「順流」と、実際の母娘関係がよく重なっています。
父・内田裕也|離れていても、根の部分が重なる「調和」
内田裕也さんとは、DRAMAPで「調和」。
同じ役を持ち、判断や反応の起点が近い関係です。
一見すると意外な結果です。
也哉子さんは、父と一緒に暮らした経験がほとんどなく、過ごした時間そのものは決して多くありません。
それでも本人は、久しぶりに父と会った瞬間に「怖いぐらい似ている」と感じることがあったと語っています。さらに、自分のカッとなりやすい情動についても、父から受け継いだものだと認識しています。
ここで大切なのは、DRAMAPが見ているのは一緒に過ごした時間の長さではないということです。
頻繁に会うか。
同じ家に暮らすか。
一般的な「仲の良い親子」に見えるか。
それとは別に、二人が物事を受け取る起点や向きが重なることがあります。
ほとんど一緒に過ごしていない父に、自分でも驚くほど似たものを感じる。
内田裕也さんとの関係は、距離だけでは測れない「調和」を考える興味深い例です。
夫・本木雅弘|長く続くことと、噛み合うことは別「同列逆流」
夫・本木雅弘さんとは、「同列逆流」。
夫婦として立場は対等ですが、本木さんから也哉子さんへは力が届き、反対方向には届きにくい関係です。
二人は長く夫婦生活を続けています。
しかし本人たちは、その関係を単純な「仲良し夫婦」として語っていません。
夫婦対談では、本木さん自身が「崖ごと崩れ落ちるぐらい」の大喧嘩をすると表現し、也哉子さんも、時には明け方まで続くことがあると明かしています。
本木さんは、自分たちが「ぎりぎりのところで繋がっている」とも語っています。
それでも30年以上、夫婦として生活しています。
ここにDRAMAPの特徴があります。
続いている関係だから、調和しているとは限らない。
家族としての愛情や歴史があっても、二人の力の向きが噛み合わなければ、対話そのものが負荷になることがあります。
本木さんと也哉子さんの関係は、長さや肩書きでは分からない、対等な二人の間にある方向の違いを示しています。
長男・UTA|近くで導くより、外の世界へ渡す「経由」
UTAさんとは「経由」です。
経由は、愛情がないことや、親子として疎遠であることを意味するものではありません。
一方の働きかけが、そのまま相手の判断や行動へつながる関係ではない。
内田家を見ると、その特徴がよく表れています。
也哉子さんは、UTAさんが幼いころ、自分でも過剰だったと振り返るほど手をかけていました。
その様子を見た樹木希林さんから、そろそろ親の手を離した方がいいと助言されます。
そしてUTAさんは、わずか12歳でスイスの寄宿学校へ。
入学手続きには希林さんが同行しましたが、手続きを代わって行うのではなく、UTAさん自身に進めさせています。
母が近くで教え続けるのではない。
祖母が答えを与えるのでもない。
環境を変え、本人自身が動く。
UTAさんの成長には、こうした「間に人や環境を置く」形が現れています。
一方でUTAさんは、母を大切な存在として捉えています。
つまり、
愛情はある。
信頼もある。
しかし、直接導くことが二人の関係の中心ではない。
ここに「経由」の特徴が見えてきます。
長女・内田伽羅|母から直接ではなく、外の世界を介して進む「経由」
長女・内田伽羅さんも、UTAさんと同じ役を持ち、也哉子さんとの関係は「経由」です。
そして、兄とよく似た流れを歩んでいます。
伽羅さんも12歳から英国の寄宿学校へ進みました。
ただし、兄と同じ道を歩かせられたわけではありません。伽羅さん自身が自分の行き先を選び、両親はその選択を受け止めています。
女優としての入口にも、同じ特徴があります。
映画への出演を勧めたのは、母・也哉子さんではなく、祖母・樹木希林さんでした。両親が方向を決めて進ませたというより、祖母や作品との出会いをきっかけに、伽羅さん自身が外の世界へ進んでいます。
ここでも、
也哉子さんが方向を決める
↓
伽羅さんがその方向へ進む
という形にはなっていません。
本人が選ぶ。
祖母がきっかけをつくる。
学校や映画という別の環境が間に入る。
母から直接動かすのではなく、人や環境を介して本人が進んでいく。
UTAさんと伽羅さん、二人の子どもに同じ構造が表れていることは、この家族を見るうえで象徴的です。
二人の子どもが、同じ12歳で家を出たこと
内田家では、UTAさんは12歳でスイスへ、伽羅さんは12歳でイギリスへ進みました。
もちろん、海外へ留学したという事実だけで親子関係を判断することはできません。
実際、離れて暮らした後も家族としての交流は続いており、親子の愛情や信頼が失われたわけではありません。
だからこそ、この家族は興味深いのです。
離れることと、愛情が薄いことは同じではありません。
近くで直接導くことを減らし、本人が自分で動ける場所へ送り出す。
それでも家族としてはつながっている。
DRAMAPの「経由」は、人としての距離ではなく、力が直接相手へ届く関係ではないこととして見ると、この兄妹の歩みと重なります。
同じ家族でも、必要な距離は違う
内田也哉子さんのマップには、四つの異なる関係カテゴリが並びます。
母・樹木希林からは受け取る「順流」。
父・内田裕也とは、根の部分が重なる「調和」。
夫・本木雅弘とは、対等でも負荷が生まれる「同列逆流」。
UTA・伽羅という子どもたちとは、直接導くより、人や環境を介する「経由」。
家族だから、いつも近くにいた方がいいとは限りません。
家族だから、言葉をかけ続ければ届くとも限りません。
直接届く相手には、その力を受け取る。
噛み合わない相手には、関係の長さだけで判断しない。
直接届かない相手には、本人が動ける人や環境を間に置く。
誰を大切にするかではなく、誰とどのようにつながるのか。
DRAMAPは、家族という一つの名前の中に隠れている、それぞれ異なる関係の形を描き出します。
※この解説は、本人や家族が公に語ったインタビューや活動歴と、DRAMAPに表示された関係の特徴を比較したものです。
家族の私生活すべてを知ることはできません。また、メディア上で公開された発言や出来事だけで、実際の関係全体を断定するものでもありません。
ここでは、公開されている具体的な出来事の中に、DRAMAPが示した「力の届く方向」と重なる部分があるかを見ています。